表紙 > 本文
嘘 紅宮 隆星
教師をしていた私とて、やはり嘘を吐いたことがある。
小心者故、人生を左右するような嘘をついたことはないが、宿題を出さなかった言い訳や己の自尊心のために吐いたー今思えば吐く必要も無かったようなー嘘もある。
兄弟と嫌いな夕飯を交換し、二人で全て平らげたことも思えば嘘の一種だろう。
私には、『嘘を吐くな』と言うことは出来ないと思っていた。
***
或時、教室内で金銭の窃取が発生した。
前の時間が体育ということもあり、教室を空けている時間であった。
生徒たちに話を聞いていると、教室内でも物静かな一人の男子生徒が外部から侵入したと思われる、不審者の話をし始めた。
他に目撃した話も疑いたくはないが自供もなく、時間も遅くなった為一旦解散とした。
その後、件の生徒が私の前にやって来て、意味ありげな笑顔で私に話し始めた。
「先生、不審者を探しても無駄ですよ。不審者なんていないんですから」
聞けばその時間、一人の生徒が教室に戻っていたらしい。
気分が優れなかった為、保健室に向かおうとして現場を見たのだという。
証拠は未だ鞄の中にある、『他の生徒の名前の入った集金袋』。
校内で捨てる現場を見られては元も子もないから、自身の鞄に忍ばせたのだろうと笑う。
確かにそれが事実であるなら、納得はいく話であった。
しかし、この生徒が笑う理由が不明である。不審に思っていると
「よかった、欲しいものがあったんですよ。
近々、誰かが譲ってくれるかも知れませんね!」
私は初めて、嘘を吐いてはならないと説く必要を知った。
了