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傍らの少女     常本 雷遠



あなたの傍に居たいと泣いていた、小さな娘を覚えていますか。
その子は今―――

私がまだ学生だった頃、近所に住む少女とよく遊んでいた。
周りに友達がおらず、一人我が家の猫に話しかけていた少女。
気になって声をかけて以来、ずいぶんと懐かれてしまった。
寡黙な少女だと噂で聞いていたが、実のところ話し相手がいなかっただけなのだと気付いたのは話しかけてすぐだった。
少女は心配なくらいに自分のことを話し、私の話を楽しんでいたようだった。
気付けば高いところにあった日も暮れそうになり、猫は飽きてどこかに行ってしまったようだった。
それでも少女は夢中になって話をし、話を聞いた。
少女、名を律華。彼女ほど夢中になって話を聞くもの、話をするものに私は出会ったことがなかった。

教師になるべく進路を定め受験が迫ったある時、律華に遠方へ行くのだと説明した。
律華は何故だと泣きじゃくった。学校なんて近くにいくらでもある、友達が遠くへ行くのは嫌だと言いながら。
傍に居たいと泣いていた。
納得がいくよう理由を伝えてようやく宥めると、赤く腫らした目で私を見つめる。
少女とはいえ、そのまっすぐな瞳にどきりとした。
「わたし、お兄さんの話が好き。もっと聞きたいし、知りたいことが何なのかを教えてくれた。
 わたしね、大きくなったら同じところに行く!」
真剣に伝えてくる律華に私は驚いたが、
「私の後を追うのはおやめなさい。君には君の道があるのだから」
と答えた。
まだ分からないかもしれない。しかし、真に道を選ぶ日が来ればそれが分かるようにと願いを込めて。

あれからどれほどの時が経っただろうか。
私は教師となり三年が経ち、母校へ帰ってきた。
今日は入学式。
真新しい制服に身を包む学生たちを眺めていると、一人の新人教師がこちらへと声をかけてきた。

「あなたの傍に居たいと泣いていた、小さな娘を覚えていますか」

はっとして彼女の顔を見る。
大人びてはいたが、どことなく面影が残っているような気がする。
「…律、華…」
「はい、本日付でこちらの学校でお世話になります。どうぞよろしくお願い致します」
聞けば彼女は、私の話を聞くことで学ぶこと、教えることの面白さを知ったのだという。
「これが私の進むべき道です」
あの日のことを覚えていた。覚えていたうえで、考えたうえで彼女はこの道を選び取った。

あなたの傍に居たいと泣いていた、小さな娘。
その子は今、時を超えて私の傍で学び、そして学びを伝えている。


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